6-6 所外への寄稿(再録)
分子研における同業者評価 伊藤 光男
機関の評価のやり方は、その機関の設置目的、規模、評価対象等により大きく異なり、個々の機関で異なるのは当 然である。分子科学研究所のような大学共同利用機関は一般にその設置目的が具体的で明確であり、その目的に照ら して評価を行うことになる。その点、設置目的が抽象的で多岐にわたる大学等にくらべると評価はしやすいと言える。 ここでは1993年以来行っている分子研の外部評価を紹介したいと思うが、その前に分子研の概要を説明しておく必要 がある。
分子科学研究所は“ 物質の最小構成単位である分子の構造とその機能について実験、理論的研究をおこなうととも に、大学共同利用機関として全国の分子科学研究者の共同利用に供する” ことを目的として1975年に愛知県岡崎市に 設立された。化学と物理学の境界にある分子科学を中核として生物学、宇宙科学にもまたがる広い分野について基礎 的研究を行っている。7研究系、5研究施設、1技術課からなり、専任教官は教授17、助教授29、助手52のトータル 99名(所長1を含む)、それに44名の技官をくわえると全定員は143名の所帯である。このほか博士研究員、大学院学 生、外国人研究員、パートタイムの支援要員等をあわせると約300名の規模である。分子研はスモールサイエンスの研 究所であり、同じ大学共同利用機関である高エネルギー加速器研究機構や宇宙科学研究所のようなビッグサイエンス の研究所にくらべると小さい研究所である。各研究系は2−4部門からなり、1部門は教授1、助教授1、助手2で 構成されているが、教授と助教授はそれぞれ独立した研究室を有している。したがって、研究室の数は17+29=46と なる。教授、助教授の独立性とともに、分子研は創立以来独自の教官人事を行っている。教授、助教授、助手はすべ て公募で採用し、研究系については助手から助教授、助教授から教授への内部昇格は全面的に禁止している。さらに 助手には6年の任期がつけられている。このような厳しい人事政策により教官の流動性が極めて高く保たれているが、 若手研究者にとってはよい仕事をして外に出てゆかなければ浮ばれないという緊張感が常にある。いろいろと問題も あるが、自らに厳しい人事政策は国際的にも高い評価をえている研究水準の維持に大きく貢献している。
分子研では過去2回の外部評価を行った。第一回は1993年、第二回は3年後の1996年、今後も3年毎に行う予定で ある。研究所の最大の使命は研究である。したがって、評価の対象は当然、分子研で行われている研究である。研究 評価については、評価の尺度や多様性などについていろいろと議論のあるところである。論文数や引用度などのデー ターは一つの目安になるものであるが、もっと重要なのは同業者の目である。そこで分子研で行われている研究にた いして専門家から直接に、具体的意見を聞くことから始めた。各研究系より現在第一線で活躍中の国内外の研究者で 最も適当と思われる候補者を数名推薦していただき、その中から分子研評議員(分子研には2名の著名な外国人分子 科学研究者が評議員としている)の意見を聞いた上で、各研究系について1−2名の外国人研究者、2−4名の国内 研究者を選び評価をお願いしている。これらの人とは互いに競争関係にあったり、親しい友人であったりする同業者 なので客観的な評価は難しいかもしれない。しかし研究評価は分子研研究者のためにするのであって、外に対して取 り繕うためのものではない。そう考えると、研究者にとってあまり意味の無い美辞麗句よりも主観のはいった、ある 場合には辛辣な意見のほうが有り難い。こうして、あえて専門の近い同業者を外部評価員としている。1993年には18 名(外国人研究者6名、国内研究者12名)、1996年には20名(外国人研究者7名、国内研究者13名)の評価員をお願
いした。評価は各研究系毎におこない、各系にアサインされた国内評価員は系の研究グループリーダー(教授と助教 授)全員と一同に会し、この分野の研究の動向、その中における分子研の位置付けと研究の評価、今後の方向等につ いて自由な議論を行なう。重要なことは国内評価員は各グループリーダーの研究を熟知していることであり、したがっ てこの場での議論はかなり突っ込んだ白熱したものである。国内評価員にはあらかじめ所長から厳しい目で痛いとこ ろは容赦無く指摘して欲しい旨を要請している。この全体会議は通常、日をおいて2回おこなわれ、そこでの議論は そのまま報告書にまとめている。さらに国内評価員には個別に所長宛の意見書をいただき、評価員の許可をえて公表 している。これらの報告は毎年出している「分子研レポート」に掲載している。1993年の分は「分子研リポート’ 93」 に出ているが、そこに載せられた評価員の辛口批評は新聞紙上でも取り上げられ話題となった(日経産業新聞、1994. 7.20)。辛口の評価や都合の悪いこともあえて公表している背景には絶対的な自信が隠されている、と妙に誉めてい
る。
外国人評価員による評価は彼らの来日日程にあわせて各研究系毎に実施している。各外国人評価員には数日間、分 子研に滞在していただき、その間、系のグループリーダーと個別にインタビューをし、研究内容について説明をうけ るとともに、意見交換をしていただく。多くの場合、外国人評価員は専門の近い同業者であるので白熱した議論とな り、一人あたりについても長時間にわたり、どうしても系のグループリーダー全員とのインタビューには数日を要す ることになる。外国人評価員にとっては大変きついものであるが、彼らは喜んでやってくれるのは有り難いことであ る。あらかじめ彼らにお願いしている項目は
1. Internationa reputation of the research 2. Originality of the research
3. S uggestions of new research fields 4. Proposal for further IMS development
5. S ubmit a report of general comments to director-general (the report will be published in IMS R eport) 6. D irector-general appreciates very much to receive comments for individual research goups in C onfidential である。
これら外国人評価員のジェネラルコメントはそのまま分子研リポートに掲載している。コメントは辛口のものも あるが、国際的視野からみた大変有益な建設的なものが多く、さすがと感心させられる。一方、個々の研究グループ について親展でいただいたコメントは当然のことながら公表はしない。しかし関係する部分のみ評価員の許可をえて 各研究グループリーダーに知らせている。公表できないのが残念であるが、これらのコメントは極めて適切なものが 多く、個々の研究者にとっては励みと反省になっている。
以上が分子研における外部評価の概要である。分子研での特徴は研究分野に近くしかも現在最もアクティヴな研究 者に評価してもらうことである。評価員は専門が近い同業者であり年齢も比較的に若いため、生臭さは否めない。時 には大変挑発的な意見やあまりにも個人的な見解も見受けられる。その意味では客観性に大いに欠けるが、それでも 構わないと思っている。そもそも純粋に客観的な評価は不可能である。できるだけ客観性をもたせるよう努力するこ とは必要であるが、分子研のような一研究機関ではとても無理であり、かりに出来たとしてもデーターの羅列に終わ りかねない。まえにも述べたが、評価は研究者自身のためにするものであり、研究者にとって自分がどう思われてい るかを具体的に知りたいというのが最大の欲求である。同業者による評価は直接その欲求にこたえるものと言える。い
ままでの経験によると、複数の評価員による研究評価はほぼ一致している場合が多くかなりの客観性があると思われ る。すこし乱暴なこのような同業者評価ができるのは、分子研研究者が自分の研究に自信を持っていることによると 思う。また公表された的外れの評価にたいしては評価員自身が世間から問われるという側面がある。
各研究分野についての外部評価は必ずしも機関全体の評価とはならないが、それが機関評価の基礎であることは言 うまでもない。最近、多くの大学や研究機関で外部評価がなされているが、個々の研究評価に基づいているかどうか 大いに疑問に思うことが多い。かなり典型的なのは功なり名をとげた著名な学者や知識人が外部評価員として名を連 ねているケースである。これらの人は豊富な経験をおもちなので、大局的な立場から評価していただけると思うが、忙 しいこれらの方が研究の内容等についてどれだけ把握されているかは大いに疑問である。どうも評価も形式的なもの が多く、有名人が名をつらねることで評価に箔をつける意図が見え隠れしている。
最後に外部評価の後始末について述べたい。前述したように分子研では外部評価をその年の「分子研リポート」に 報告、公表している。外部評価は個々の研究内容、研究室の運営、人員配置、研究費、今後の研究方向等、多岐にわ たる。また、研究所全体としての諸問題の指摘、それらについての忠告、提言等が寄せられている。これらの評価、提 言はそのまま鵜呑みにするのではなく、研究所の教授、助教授全員が参加する将来計画委員会で充分に検討し、検討 結果に基づいて将来計画を策定している。この将来計画は外部評価をおこなった翌年の「分子研リポート」に発表し、 必要と思われるものについてはその次の年に概算要求を行っている。このように外部評価、将来計画、概算要求を3 年のサイクルで行うことが大体定着している。この結果、外部評価で指摘された多くの提言が実を結んだ。例えば、外 部評価である分野の理論研究の弱さが指摘された。これを契機に将来計画委員会で検討し、この分野の理論部門の創 設に全力をあげ実現することができた。また、近年の研究動向にたいして研究施設が充分に対応できてないことが多 くの評価員から指摘があった。これに対して全所的に取り組み、施設の全面的な改編を提案した。かなりの人員増を ともなう大きな改編であったが、関係者の理解をうることができ実現することができた。これも同業者評価のおかげ と感謝している次第である。
ここでは主に研究に限った評価についてのべたが、研究以外に共同利用研としての役割、国際協力、大学院(分子 研は総合研究大学院大学に属し、博士課程後期の学生を受け入れている)、技官等多くの問題を抱えている。これらに ついてはそれぞれの問題に応じて外部から関係者をお呼びして、評価、検討を行い、その都度、「分子研リポート」に 報告している。
点検、評価には大変な労力と費用がかかる。それでなくても忙しい研究者に貴重な時間を割いていただかねばなら ない。それだけにやるからには研究者自身にとって役に立つものでなければならない。1993年に最初の外部評価を行っ た時は分子研の教授、助教授の方々に大変な負担をおかけした。しかし、一旦、やり方が定着すれば2回以降は割に 楽であることが分かった。また、報告書は外部評価員の報告をそのまま載せることで大いに手間が省けている。費用 については四苦八苦しているが、文部省より研究評価促進経費がでるようになって大分楽になった。最後に、文部省 の奨励により大学、研究所は大変苦労して報告書をだしているのが現状であるが、いったいこれらの報告がどのよう に利用され学術行政にどのように反映されているかを知りたいものである。きちんと評価したところはそれなりに評 価してもらいたいと思う。
(学術月報 51(8), 792 (1998).)
分子科学研究所における研究者の流動性 中村 宏樹
1.はじめに
分子科学研究所は大学共同利用の研究機関として1975年に設立され、その後同主旨の下に設立された基礎生物学研 究所及び生理学研究所とともに岡崎国立共同研究機構を構成している。分子科学研究所は創設以来独自の人事政策を 採用し、我田引水ながら、優れた研究業績のみならず、それを支える研究者の流動性において大変高い評価を得てい る。本稿においてはその独自の人事政策とそれが裏打する研究者の高い流動性を若干のデータを掲げながら紹介する。 更に、最近の「大学の教員等の任期に関する法律」の制定に伴う分子研の立場を説明するとともに、流動性を高める ための人事政策の全国的普及を願う我々のメッセージを述べたいと思う。なお、分子研は当初五つの研究系(専任教 授9名、助教授9名)と六つの研究施設(助教授6名)で構成されていたが、その後研究系の拡充及び施設の再編・拡 充を経て現在は教授17名、助教授29名、助手52名からなっている(これには他大学から拠点を二年間分子研に移して 研究に専念するいわゆる流動部門が含まれている)。これに、技官、博士課程の大学院学生、博士研究員、各種外国人 研究者及び秘書等の支援職員を含めて総勢約300名の所帯である。教授と助教授は独立の研究室を構え、予算配分等も 全て平等公平に行われている。
2.分子研の人事政策
さて、分子研の創設に当たっては将来を的確に見据えた高い見識と行動力を持った先輩の先生方の多大の努力によっ て当時の日本では大変革新的とも言える人事政策が立案され実行に移された。その要点は次の通りである。
(1)研究系の助手の任期は6年とする(部門創設時の第一期の助手の任期は7年とされた)。
(2)研究系の助手・助教授の内部昇格を禁止する(但し、助教授には任期は設けない)。
(3)採用人事は全て所外委員の入った人事選考部会で行う。
「研究系」と断わっている通り、施設については大学共同利用機関としての業務を遂行する義務があるため上記の規 則は適用されない。しかし、施設系からの内部昇格については今までに助手から助教授への昇任の例が一件あるのみ である。しかも、この例外も分野の特殊性故の例外中の例外でしかない。施設系の流動性は後でも述べるが、実際に は、予想以上に高く、施設業務の継続性を損なわないように人事を進める配慮が必要になっているくらいである。な お、教授については、研究以外に研究所の管理・運営に多大の責任を有するという観点から任期は設けないこととさ れた。ところで、助手の6年の任期が来たらどうするかというと、任期中の研究業績及びその間に行った転出の努力 を関係する研究系の主幹が主幹・施設長会議において説明し一年延長の了承を得る。更に、研究グループの責任者で ある教授あるいは助教授は教授会議において同様の説明を行い承認を得なくてはならない。この主幹・施設長会議及 び教授会議での承認は一年過ぎるごとに毎年行う必要がある。分子研には当然ながら、助手以外にも技官、大学院生、 博士研究員等色々な身分の人がいるので、助手人事の際にこれらの人が応募者であった場合にはその昇格も当然問題 となる。分子研ではこれら全ての身分に対して分子研における総滞在年数を10年までとしている。すなわち、助手に 採用された時、それ以前にこれらの身分で分子研に滞在した年数を10年から差し引いた年数と6年との少ない方がそ の人の助手の任期となる。更に大事なことは、助手の採用に当たって、外部の応募者と同程度の実力と見られた場合 には内部の人を採用しないという点である。世の中で通常行われていることに比べるとかなり厳しいかと思われるが、 とにかく一度外に出て立派な一仕事をしてからなら戻ってもよいということである。内部昇進の禁止については、国 外の識者から時折、「厳し過ぎるのではないか」、「優れた若手をみすみす手放すことはないではないか」といった意見
を頂くことがある。しかし、我々は安易な妥協で「元の木阿弥」になることのないように基本原則を堅持し頑張って いる。若い優れた人材を採用し、育て、日本全国に送り出し、その人達が新しい分子科学を作り上げ日本の研究体制 をも斬新なものに変革して新しい21世紀の日本を構築して行ってくれることこそが我々の願う所であり、実際かなり その実績を挙げて来ているのではないかと自負している。また、後でも述べるが、注目に値する事実として、分子研 内の助手、助教授、その他の若い研究者が分子研の人事政策を「厳しすぎるから改めるべきだ」とは思っておらず、む しろ自然なあるべき姿として受け入れていることである。
3.採用人事の行い方
以上述べてきたことは、研究者の流れの過程の中での言わば出口の部分である。良い研究環境を整え存分に研究が 出来る様に努力しながらも、任期制等を設けてマンネリに陥ることを避け、良い研究成果を挙げて転出し更に新しい 発展を目指すことを奨励・刺激するのが我々の考え方である。このシステムがうまく稼働するためにもう一つ大事な ことは、言うまでもなく入口、つまり採用人事の行い方である。極端な言い方をすれば、真に優れた人材を採用して 良い研究環境を与えれば、任期制が無くても流動性は自然に維持されるはずである。分子研の採用人事の行い方を説 明しよう。助手以上の全ての人事は人事選考部会で行われる。人事選考部会は運営協議委員会の下部組織で、人事の 決定を同委員会に代わって行う組織である。委員は運営協議委員会のメンバーで、所内5名、所外5名の教授で構成 され、分子研所長がオブザーバーとして出席する。委員は4年任期で2年ごとに半数が交替する。人事は全て公募で、 そこに至る手順は教授・助教授の採用の場合には次の通りである。まず、所内で分野検討委員会が構成され、該当す る研究系以外の人がその委員長となる。検討の結果を主幹・施設長会議に諮り教授会懇談会を少なくとも二回開催し て教授・助教授全体の意見を聴取し公募文案を作りあげる。これを人事選考部会・教授会議に正式に諮り最終的に「化 学と工業」や「物理学会誌」等の雑誌への掲載で公募が始まる。公募締切後人事選考部会委員を通じての推薦があれ ばこれを追加して名簿を確定し、人事選考部会での審議が開始される。なお、教授以外の候補者の一覧は教授会議に おいて秘密保持堅持を確認の上回覧される。応募者は原則として推薦書と10篇以内の原著論文を提出することになっ ており、人事選考部会ではこれを分担査読(一人の候補を二人で査読)する。候補者が多い時は大変な作業となる。正 に、外部委員の献身的な努力によって支えられているわけである。委員会は最低月に一回くらいのペースで開かれ、土 曜・日曜を使ったり、外部委員の都合によっては岡崎以外の地で開催されることもしばしばである。候補者は最終的 に3名程度に絞られ最後に面談が行われ、業績説明・将来の抱負・質疑応答が行われる。施設助教授の場合には施設 長の意見を聞き面談に参加してもらうのが通例である。助手の人事の場合には、公募文案を該当する系あるいは施設 で作成し主幹・施設長会議で議論した後人事選考部会・教授会議の承認を得て公募に入る。実際の選考作業は、人事 選考部会から所内二人・所外一人、部会委員以外の所内教官二人(内一人は該当教官)で構成される人事小委員会 で行われる。論文査読・審議・面接(面接には所長が出席)を行って最終候補を人事選考部会に報告して承認をうる。 人事選考部会の決定は教授会議で報告・説明され、教授会議メンバーによる投票で最終的に決定される(法的な決定 権は勿論運営協議委員会にある)。教授・助教授の場合、投票は一週間後臨時教授会議を開いて実施される。候補者の 業績を教授会議メンバー各自が調べられるようにするためである。以上でお分かりの通り、助手の人事も所外委員を 含めて実に客観的に慎重に審査が行われている。恣意的人事が行われる余地は全く無いと言える。容易にご想像頂け ると思うが、以上の人事選考の作業は大変なものである。これだけの努力をして優れた人材を採用しているからこそ、 前述の任期制と相まって研究者の流動性が高く維持されていると信じている。
4.研究者の流動性
以上で説明した分子研の人事政策は最初にも述べた通り、分子研創設以来一貫して実行されている。流動性を示す 実際のデータを若干示そう。図1、2は研究系と施設の助手の在職年数分布を示している。これは転出した助手の総 数に対する「該当年数で離職した人」の割合を表わしており、平成9年9月1日現在のデータである。6年未満の在 職期間で転出した研究系の助手の割合は66%、8年未満は85%に達している。施設系では、それぞれ、71%、86%に 達する。前述した通り、任期を設けていない施設助手も活発な研究活動を行い転出して行っていることが分かる。同 時点で転出した助手の総数は93名で、全助手の二倍に達する人が入れ替わっていることに相当する(研究所の拡充等 により現在の助手の定員は創設当初に比べて相当増加している事にご注意願いたい)。なお、3年未満にピークがある のは、分子研では一頃任期2年の短期助手と言うのを2−3名別途採用していたことによる。図3、4に助教授に関 する同様のデータを示す。研究系の助教授の半数が在職10年未満で転出していることが分かる。80%の人が12年未満 で転出している。施設では、10年未満で70%の人が、12年未満で85%の人が新しい職場を得ている。ここでも施設系 の方が流動性が若干高いと言う興味ある傾向を示している。業務をこなしながらも施設の利点を活かして優れた研究 成果を挙げ転出している。立派なものである。これは、任期制や昇任禁止の政策が必要ないということを意味してい るのではなく、施設系の研究者がむしろ逆に、自分の周りに課せられている厳しい規則を意識し使命感を感じて、そ れがプラスの効果を生み出しているのではないだろうか。勿論、なんと言っても、優れた人材を採用する事が一番大 事であることに変わりはない。平成9年9月1日現在で転出した助教授の総数は27名で、同時点での定員20名を大幅 に超えている。創設以来20年余りにして、助手については二回以上、助教授については一回以上総入れ替えが起こっ ている勘定になる。
0 2 3 4 5 6 7 8 91011 年 助手の在職年数
(研究系)
図1 20
割合
(%)
10
0 2 4 6 8 1012 1416 年 助教授の在職年数
(研究系)
図3 0 2 3 4 5 6 7 8 9
年 助手の在職年数
(施設系)
図2
0 2 4 6 8 101214 16 年 助教授の在職年数
(施設系)
図4
5.全国普及を願って
最近、「大学の教員等の任期に関する法律」なるものが制定され、その適用についてのニュースが時折新聞紙上をも 賑わしている。分子研においてもこれに如何に対応するかについて所内で検討委員会を作り議論を重ねた。その結果、
「研究系の助手の任期を6年とし、再任の場合の任期は3年とする」という形でこれを採用することとした。但し、具 体的運用に当たっては以下の指針に従うものとした:
『6-5 項「岡崎国立共同研究機構分子科学研究所研究教育職員の任期に関する規則」に基づく任期制の取扱いについ て』(263 ページに別掲)。
初めて読まれる方にとっては些か複雑すぎて、何故こんなややこしいものにするのかと思われるかもしれない。実 は、これは、我々が自信を持って実施してきている分子研独自の人事政策を決して形骸化させることなく、「法律」と の整合性ある形で運用していこうとする精神の表れなのである。要するに、今まで説明してきた独自の人事政策に加 えて、任期6年を過ぎた者についての再任手続きが更に所外委員の加わった運営協議委員会において実行されるとい うわけである。これによって6年次以降の一年毎の従来の手続きを決して疎かにして良いというわけではない。むし ろ、この規則によって従来より厳しさが若干増したことになる。この規則を決めるに当たっては、前述した通り検討 委員会において活発な議論が行われると同時に、助手の人達に対する無記名アンケート調査も実施された。それによ ると、細かい点では勿論色々な意見はあったが、「このような任期制は刺激になるのであって良い」という意見が大勢 を占めた。このように自分を厳しく律する姿勢があるということは大変健全である。我々の人事政策の基本精神が有 効に働き、生きている証であると思う。そもそも分子研にとっては、かかる「法律」は必要でなく、我々独自の政策 で十分機能しうると考えている。この様な「法律」が制定されざるを得なかった背景がまだ全国に相当あるというこ とを憂うべきである。人事公募及び採用における閉鎖性や非公開性、そして情実や長老支配等が横行する状況を是非 とも打破して行かなくてはならない。この点での大学の自浄作用が最も大事であることは言うまでもないことだと思 う。教授の講座内における権力の執行や助手人事の閉鎖性などではどうしても人間の弱みが出てしまうものである。分 子研で助手・助教授を過ごした人達が、そして全国の研究者がこの弱みに陥ることなく改革の努力を続け、もっと厳 しい「法律」を作らなくては駄目だと言った風潮を助長することの無いように、いや、このような「法律」そのもの が無用なものとなるように、自浄作用を一層高める努力をされることを切に願っている。
(学術月報 51(9), 919 (1998).)
流動部門制度−魅力ある制度への改革を目指して− 西 信之
国立の大学や研究機関の研究者の交流や研究活動の活性化を図る目的で、分子科学研究所には「流動部門制度」が設 置されている。この度、この制度の改革案が検討され、より魅力ある制度へ変える取り組みがなされている。その経 緯と具体像を紹介し、多くの研究者の参加を呼びかける。
分子科学研究所
教授 助手 助教授 助手
D大学
助教授 助手
B大学
助教授 助手
A大学 C大学
教授 助手 教授 助手
分子科学研究所
教授 助手 助教授 助手
D大学
助教授 助手
B大学
助教授 助手
A大学 C大学
教授 助手 教授 助手
X -2 年度の移動 X年度の移動 X +2 年度の移動
流動
流動
流動
流動 復帰
復帰 復帰 復帰
流動部門形態図。2箇所以上の大学から教授(助教授)・ 助手のペアで、あるいは単独で分子研専任としてポジ ションを移し、2年後に復帰させる。
1.流動部門とは
「流動部門制度」は、1984年に大学・研究所間の人的交 流を推進し研究の活性化を計る目的で、当時の長倉三朗 所長の卓見により導入された。これからの学問的発展が 期待され、研究者数もある程度の規模になりつつある分 野の国立大学の研究者が、一定期間(通常は2年間)その 籍とともに分子科学研究所に移り、分子研の専任教官と して集中的に研究を行うための制度である。当初は、分子 科学の周辺分野への支援を目的として導入されたが、伊 籐光男所長によって分子科学の領域にもこの制度を取り 入 れ 研 究 者 の 交 流 を 更 に 活 性 化 す る た め に 分 子 ク ラ ス ター研究部門が設立された。
日本の大学が抱える大きな問題は、教授・助教授が様々 の会議や講議などで追いまくられ、じっくりと研究に集 中できる余裕が生まれにくいこと、又、学部卒業から退官
まで同じ大学に在籍する人が珍しくないという流動性の低さであろう。これらは、研究と教育の両面においてマイナ ス要因となっている。小学校への入学がら始まって、大学への入学あるいは社会人として新しい職場でのスタートを 切るまでは、それぞれの「学校」という異なった環境へ自己を適応させ、新しい知識を吸収し、人は育てられる。社 会に出ても、環境が変わることによって、環境への適応という自己変革を繰り返してゆくうちに、人間は成長する。学 問の世界でも、新しい分野が起こり、多くの研究者の参入によって活発な分野へと成長するが、多くの場合5年から 15年程度の寿命で同様の研究はすたれ、また次の段階を目指した新しい分野への変身が求められる。研究者にとって、
常に新しい刺激をうけうる機会と新しい人間環境に身を置くことは、飛躍への大きなチャンスである。米国では、あ る特定期間(6年間)教育義務をつとめた研究者に、サバティカル制度による1年間(又は半年)の充電期間が与え られ、研究者はこれを利用してヨーロッパや米国内の他の大学でこれまでの研究のまとめをしたり、今後の7年間の 新しい研究展開の準備を行う。これは、7周期のうちの1回は安息が必要という古代ユダヤの知恵に由来している。7 年目に畑を休耕することにより、その先、より豊かな収穫が得られることを知っていたユダヤ人の経験が取り入れら れたそうである。
かって、日本の若手研究者が続々と博士研究員としてアメリカに渡り、新しい学問や知識・技術を導入し、日本の 学会に新しい分野を次々と花咲かせた。そして、日本が世界に追い付いたように見える現在、本質よりも枝葉末節的 な研究を強いられている若者は、研究者としての生活に必ずしも魅力を感じなくなっている。これは、アメリカにお いても同じであろう。先生の生活や研究そのものが魅力的ではないというのである。本当に解かなければならない問
題、魅力あるテーマはまだまだたくさんある。しかし、これらの多くは自分達が教わった手法、教科書に書いてある 既存の手法では決して解くことができないであろう困難な問題に思えて、忙しい生活の中ではとても考えてはおれな い、という研究者が多いのではなかろうか。
すべての雑用から解放され、1週間全部(いや6日間)研究に専念できたらと思う研究者は少なく無いはずである。 そういう研究者に分子研の流動部門制度を活用して頂きたいのである。
2.分子研の流動部門
分子科学研究所には、現在3つの流動部門がある。錯体化学研究施設に属する錯体合成研究部門、極端紫外光科学 研究系に属する界面分子科学研究部門、そして相関領域研究系の分子クラスター研究部門で、それぞれ、教授1、助 教授1、助手2が配置されている。看板どおりの研究を行っている人ばかりでなく、広い立場で関わっている研究者 として着任している人もいる。何れの部門も関連研究分野の研究者に囲まれており、様々な交流が可能である。これ までに、22の国立大学と1高専からの70名の研究者が流動を経験しており、ほぼ全国的な規模での流動制度の活用が 実現している。
流動部門候補者の選考は、現在の所、関連する教授/助教授あるいは外部からの推薦を受けて所長を中心としたス タッフで検討、その後、本人および所属の学科/専攻・学部との協議を経て行われる。通常のような公募による選考 が困難な理由は、候補者の定員枠の振り替え移動が必要となるからである。即ち、所属大学あるいは研究機関の次年 度の概算要求書に、定員振り替え(流動:減員)の要求を出して頂き、2年後に振り替え復帰(増員)の要求をして 頂かねばならない。分子研で優秀な候補者を選考しても、周りの先生方や事務関係者に、人員が少なくて、こんなに 忙しく雑用や講議に追われている時に、減員要求とは何事かと厳しいお叱りを受けて破談となり、ご本人と周りの先 生方に大変大きなしこりを与えてしまうことがある。候補者の復帰後の研究の発展と教育への情熱の再燃への暖かい 理解が無ければ決してまとまらない。
3.流動部門制度の点検評価
設立以来13年を経過した平成9年度に、その存在意義を含めてこの制度の点検評価を行った。まず、過去の流動経 験者に、率直な意見を求めるための詳細なアンケートへの記入を依頼したところ、ボリュームのある解答欄にも係わ らず、36名の方からご丁寧な回答を頂いた。その結果、流動の体験者の殆どが「流動を体験して非常に良かった」と 思っておられるが、研究室の立ち上げや学生への経済的支援、流動元に戻られてからの再立ち上げなどの苦労の実体 が明らかになった。分子研での立ち上げに見込み以上の経費がかかってしまったり、岡崎での生活費や単位の取得と いう理由で、結局、流動元に残る学生が多くなり、予定したような分子研での大規模な研究展開が困難になったとい うような、重要な問題点も明らかになった。これらのアンケートの結果をふまえて、13名の所外委員と7名の所内委 員による「流動研究部門点検評価委員会」を開催して活発な議論を行った。流動を引き受けた教授は、結局双方での 生活を強いられ、大変ハードな思いをするが、助教授および助手にとっては大変意義のある制度であるという意見が 多く出された。流動という名称が「流れ者」というイメージを生むのでもっと魅力的な名称に変えられないかという 意見も出された。また、流動元にできるだけ迷惑をかけないですむような工夫ができないか、学生が分子研で研究す ることに対するさまざまな便宜が計られないか等が議論された。これらの議論の内容およびアンケート結果について は、「分子研リポート’ 97 現状・評価・将来計画」の183頁から206頁に詳しく報告されているので御覧頂きたい。
4.魅力ある制度への改革を目指して
点検評価を受けて分子研内の世話人教授と所長とで改革案を検討し、流動制度の真の活性化を計るための次のよう な具体的方策を提案した。1. 流動元の大学の研究室を巻き込んだ研究体制をとり、従来の分子研中心の体制ばかりで なく、流動元研究室のスタッフや学生が積極的に参加できるような体制を実現する。2. 最先端の早急に解決すべきテー マを開発プロジェクトとして企画し、このプロジェクトを実行しうる研究者を招へいする。3. このプロジェクトに、所 内グループも係わることによって、流動部門研究室・流動元大学研究室・分子研内関連研究室の3組織が一体となっ てプロジェクトを推進するという最も実効性の高い体制がとれることになる。また、現在の流動促進経費の枠を大き く越えたプロジェクト研究経費の設定によって、より大型の研究を可能とする。分子研の広い実験室とサービス体制 はこのような大型研究の推進に最適であろう。これは、大学の研究者にとって大きな魅力となるのではないだろうか。 この方策実現のために、平成11年度の概算要求の重要項目として「流動部門開発プロジェクト研究経費」を要求し、流 動教官あるいは共同研究を行う流動元大学の教官や大学院生が自由に流動元と研究所の間を往復できる旅費、大型研 究を実行することができる開発研究費を申請している。
この新しい制度が実現すれば、流動元大学の研究室と分子研の研究室の両方を拠点とし、それぞれ頻繁に交流しな がらダイナミックな研究を展開することができ、かつ分子研の関連研究室との交流によって刺激や知識を得て、更に 新しい展開を計ることも可能となる。実際には短い期間で大型研究を実行するのは大変であるので、流動が始まる2 年くらい前から準備を行う必要があるであろう。
しかし、この制度自身は、前に述べたサバティカル的な発想とは大きな隔たりがある。じっくりと落ち着いて研究 に専念するために分子研の流動教官になることを真に希望する研究者も多い。分子研のシステムでは、流動1部門に は実際には2ないし3グループがある。従って、その中の1、2のグループが大型研究を行い、他のグループは通常 規模の研究を行うことも可能である。分子研だから可能であるのは、各種センター等のサポート体制と場所を利用し た大型研究ばかりでなく、緑に恵まれ、落ち着いた図書館やコンピュータセンター、そして、多くの関連分野の研究 者集団と隣り合わせの研究環境のもとで、じっくりと自分の可能性を追求する時をもつことであろう。多くの研究者 が積極的にこの制度を利用されることを望むとともに、このような研究者を是非サポートして頂きたい。
(化学と工業 51(12), 1881 (1998).)